2014年07月28日
ハイドン様
3分以内で読める!!(熟読すればもっとかかるかも・・・・)
これであなたも、なんちゃって作曲家通!!!
モデラート♪発 庶民的作曲家講座ヽ(^。^)ノ

(よかったらBGMとして聴いてみてください。上手くはありませんけど(^_^.))
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン様(1732年3月31日、オーストリア生)です。
ベートーベン様と、モーツァルト様と3人セットで「3大古典派巨匠」となっておられます。
でも、後のお二人が日本ではあまりにもインパクトがありすぎて、
一般庶民感覚からするとちょっとハイドン様はお隠れな感じ・・・かもしれません。
でも、ドイツ人は違いますよ、きっと。
現在のドイツ国家のメロディーはこのハイドン様のものです。
さて、このお方の肩書・・・・ありますよ。
ずばり、「交響曲の父」です。
交響曲というのは、いわゆる「オーケストラ」のための曲の事です。
10種類以上はかるく有る楽器のたくさんの音の組み合わせを調和させていく技術もさることながら
私としては、
「楽譜書くの大変なやつだなぁ~」なんて、思ってしまうのです。
だって、ピアノ曲だったら右手と左手のみで、5線譜を2段セットにして書けますが、
それが、10段以上になるんですよ。
それらが一斉に楽譜の左から右へと流れていくわけですが、10秒の演奏尺で紙1枚がいっぱいになってしまいます。
紙を鬼のように消費するのは間違えありません。
トイレのそれどころではありません(おっと失礼・・・)
それに肩がきっとガチガチにこるだろう。弟子にもんでもらっていたのかしら。
それだけの量を書くのであれば、私だったら、
1小節まるまる休む時に使う全休符(■みたいなマーク)を書くためだけにバイトを雇いたくなるだろう。
・・・・とまあ、雑ではありますが、交響曲がいかに大変かという事をなんとなくお伝えしました(笑)が
ハイドン様は、その交響曲をなんと104曲も創っておられます。
しかも、一つ一つが長~かったり、たくさんの楽章(たとえば四季みたいなものです。春、夏、秋、冬それぞれの曲があること)を
1つと数えた時の104です。
プラス、協奏曲、弦楽四重奏曲、舞台音楽、ピアノ曲、声楽曲、と、まぁ、量産されています。
ハイドン様、自分の作品すべてを覚えていらっしゃったのでしょうか。。。?
こうなると、代表作を書くのが面倒臭くなってきました。
各自、ウィキペディアでお調べください(笑)
ハイドン様の存命時代は、大まかに言って、バッハ様たちの宮廷のセレブさんが音楽流行を作っていた時代から、
庶民の中のお金持ちの方達が音楽家を支える時代へと移行していく時代でした。
ハイドン様の生涯年表を見てみると、
おぎゃ~と生まれた時はまだバッハ様も、ヘンデル様も生きておられ、
そして、短命だったモーツァルト様の一生は、長生きされたハイドン様の一生の中にすっぽりと入ります。
そして、ベートーベン様とも同じ時を生きています。
今日は、勇気を出して、楽譜を持っていたハイドン様の中では比較的簡単であろう「ピアノソナタ作品37、第1楽章」の提示部のみ弾いてこちらにあげさせていただきます。
天草の中には、私のこの演奏より上手に弾く人が30人はいると思うので、かなり厚かましいとは思いますが、
楽曲の紹介ということで、まぁ、おつきあいください。
音が鳴るとうるさいという方もおられるでしょうから、今日からは自動再生はやめました。
練習しながら、
バッハ様の「ひみつのあっこちゃん」的なところと
モーツァルト様のポロポロパラパラエレガントなところが、両方入っているなぁ・・・・
と、考えさせられました。
バロック時代→古典派時代、という音楽の時代の橋渡しを担われたお方なんですね。
今回は3分で読むのはきつかったですね。
お付き合いいただきありがとうございました。
これであなたも、なんちゃって作曲家通!!!
モデラート♪発 庶民的作曲家講座ヽ(^。^)ノ

(よかったらBGMとして聴いてみてください。上手くはありませんけど(^_^.))
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン様(1732年3月31日、オーストリア生)です。
ベートーベン様と、モーツァルト様と3人セットで「3大古典派巨匠」となっておられます。
でも、後のお二人が日本ではあまりにもインパクトがありすぎて、
一般庶民感覚からするとちょっとハイドン様はお隠れな感じ・・・かもしれません。
でも、ドイツ人は違いますよ、きっと。
現在のドイツ国家のメロディーはこのハイドン様のものです。
さて、このお方の肩書・・・・ありますよ。
ずばり、「交響曲の父」です。
交響曲というのは、いわゆる「オーケストラ」のための曲の事です。
10種類以上はかるく有る楽器のたくさんの音の組み合わせを調和させていく技術もさることながら
私としては、
「楽譜書くの大変なやつだなぁ~」なんて、思ってしまうのです。
だって、ピアノ曲だったら右手と左手のみで、5線譜を2段セットにして書けますが、
それが、10段以上になるんですよ。
それらが一斉に楽譜の左から右へと流れていくわけですが、10秒の演奏尺で紙1枚がいっぱいになってしまいます。
紙を鬼のように消費するのは間違えありません。
トイレのそれどころではありません(おっと失礼・・・)
それに肩がきっとガチガチにこるだろう。弟子にもんでもらっていたのかしら。
それだけの量を書くのであれば、私だったら、
1小節まるまる休む時に使う全休符(■みたいなマーク)を書くためだけにバイトを雇いたくなるだろう。
・・・・とまあ、雑ではありますが、交響曲がいかに大変かという事をなんとなくお伝えしました(笑)が
ハイドン様は、その交響曲をなんと104曲も創っておられます。
しかも、一つ一つが長~かったり、たくさんの楽章(たとえば四季みたいなものです。春、夏、秋、冬それぞれの曲があること)を
1つと数えた時の104です。
プラス、協奏曲、弦楽四重奏曲、舞台音楽、ピアノ曲、声楽曲、と、まぁ、量産されています。
ハイドン様、自分の作品すべてを覚えていらっしゃったのでしょうか。。。?
こうなると、代表作を書くのが面倒臭くなってきました。
各自、ウィキペディアでお調べください(笑)
ハイドン様の存命時代は、大まかに言って、バッハ様たちの宮廷のセレブさんが音楽流行を作っていた時代から、
庶民の中のお金持ちの方達が音楽家を支える時代へと移行していく時代でした。
ハイドン様の生涯年表を見てみると、
おぎゃ~と生まれた時はまだバッハ様も、ヘンデル様も生きておられ、
そして、短命だったモーツァルト様の一生は、長生きされたハイドン様の一生の中にすっぽりと入ります。
そして、ベートーベン様とも同じ時を生きています。
今日は、勇気を出して、楽譜を持っていたハイドン様の中では比較的簡単であろう「ピアノソナタ作品37、第1楽章」の提示部のみ弾いてこちらにあげさせていただきます。
天草の中には、私のこの演奏より上手に弾く人が30人はいると思うので、かなり厚かましいとは思いますが、
楽曲の紹介ということで、まぁ、おつきあいください。
音が鳴るとうるさいという方もおられるでしょうから、今日からは自動再生はやめました。
練習しながら、
バッハ様の「ひみつのあっこちゃん」的なところと
モーツァルト様のポロポロパラパラエレガントなところが、両方入っているなぁ・・・・
と、考えさせられました。
バロック時代→古典派時代、という音楽の時代の橋渡しを担われたお方なんですね。
今回は3分で読むのはきつかったですね。
お付き合いいただきありがとうございました。
2014年06月15日
バッハ様
3分以内で読める!!(熟読すればもっとかかるかも・・・・)
これであなたも、なんちゃって作曲家通!!!
モデラート♪発 庶民的作曲家講座ヽ(^。^)ノ

ヨハン・セバスチャン・バッハ様です。
今日、6月15日は「父の日」です。
母の日に続き、本日は「音楽の父」と呼ばれるバッハ様をご紹介します
バッハ、の元々の語意は「小川」なのだそう。
だから、バッハは「小川さん」になるんだろうな。
バッハ様は「音楽の父」でありながら、実際の「父」としての偉業もしっかり成しておられます。
なんせ、最初の奥さん、マリア・バルバラさんとの間に7人、次の奥さん、アンナ・マグダレーナさんとの間に13人、
計20人の子供がいました
出生後すぐに亡くなった数は入ってないはずなので、実際はもっといたと思われます。
この2人の奥さんに、当時、どんなすごいカルシウムのサプリメントを飲んでいたのか、是非きいてみたい。
さて、小川様・・・・・でなくてバッハ様は1685年、ドイツにお生まれになりました。
前、こちらにて紹介させていただきました、「音楽の母」であられますヘンデル様と、同い年の同郷であられます。
だったら、このお二人、直接会う事もできたはず・・・・なのですが
それは実現しませんでした。
バッハ様の片思いで終わったようです。
と、いいますのは、バッハ様はヘンデル様に実際会いに行っているのです。
でも、ちょうどヘンデル様がその場所を立ち去った後だったということです。
「今、まさに去ってゆく女(母=ヘンデル様)を、全速力で追いかける男(父=バッハ様)
しかし・・・・・時、すでに遅し。2人の心はすれ違ったまま・・・・月日は流れ・・・・・」
って、こんな感じの設定の昼ドラ、昔よくあったなぁ。
言っときますが、ヘンデル様は「男」です(笑)
さてさて、バッハ様の作品といえば
「G線上のアリア」とか有名ですが
「トッカータとフーガ二短調」が、「チャラリ~鼻から牛乳~~~~♪」のあの曲です。(若い人は分からないかもしれません)
バッハが聞いたらきっと卒倒するでしょう。
(注、ここから先、読むのがめんどくさい人は、☆マークまでワープしてください)
彼の作品は
対位法(ポリフォニー)で作られています。
ちなみにヘンデル様はホモフォニーでした。ナンダソレ???・・・と思った方はヘンデル様の記事をチェックしてみてください。
ホモフォニーは1つのメロディーに対してハーモニーを伴奏のようにともなわせています。
それに対して
(バッハ様の)ポリフォニーは、主となるモチーフ(のメロディー)が、
変化したり、発展したり、絡み合ったりしながら出てきて、美しいパズルのような音楽が作りあげられます。
で、以上ををわかりやすくいうとですね・・・・・
☆ワープ先はこちらです。
ホモフォニー=白雪姫(メロディー)と7人の小人(ハーモニーの伴奏)
ポリフォニー=ひみつのあっこちゃん(主役のメロディーがいろいろと変身しながら、次々に登場する)
これで、どうでしょう。ちょっと強引???いえいえ、こんなもんです。
これであなたも、なんちゃって作曲家通!!!
モデラート♪発 庶民的作曲家講座ヽ(^。^)ノ

ヨハン・セバスチャン・バッハ様です。
今日、6月15日は「父の日」です。
母の日に続き、本日は「音楽の父」と呼ばれるバッハ様をご紹介します
バッハ、の元々の語意は「小川」なのだそう。
だから、バッハは「小川さん」になるんだろうな。
バッハ様は「音楽の父」でありながら、実際の「父」としての偉業もしっかり成しておられます。
なんせ、最初の奥さん、マリア・バルバラさんとの間に7人、次の奥さん、アンナ・マグダレーナさんとの間に13人、
計20人の子供がいました
出生後すぐに亡くなった数は入ってないはずなので、実際はもっといたと思われます。
この2人の奥さんに、当時、どんなすごいカルシウムのサプリメントを飲んでいたのか、是非きいてみたい。
さて、小川様・・・・・でなくてバッハ様は1685年、ドイツにお生まれになりました。
前、こちらにて紹介させていただきました、「音楽の母」であられますヘンデル様と、同い年の同郷であられます。
だったら、このお二人、直接会う事もできたはず・・・・なのですが
それは実現しませんでした。
バッハ様の片思いで終わったようです。
と、いいますのは、バッハ様はヘンデル様に実際会いに行っているのです。
でも、ちょうどヘンデル様がその場所を立ち去った後だったということです。
「今、まさに去ってゆく女(母=ヘンデル様)を、全速力で追いかける男(父=バッハ様)
しかし・・・・・時、すでに遅し。2人の心はすれ違ったまま・・・・月日は流れ・・・・・」
って、こんな感じの設定の昼ドラ、昔よくあったなぁ。
言っときますが、ヘンデル様は「男」です(笑)
さてさて、バッハ様の作品といえば
「G線上のアリア」とか有名ですが
「トッカータとフーガ二短調」が、「チャラリ~鼻から牛乳~~~~♪」のあの曲です。(若い人は分からないかもしれません)
バッハが聞いたらきっと卒倒するでしょう。
(注、ここから先、読むのがめんどくさい人は、☆マークまでワープしてください)
彼の作品は
対位法(ポリフォニー)で作られています。
ちなみにヘンデル様はホモフォニーでした。ナンダソレ???・・・と思った方はヘンデル様の記事をチェックしてみてください。
ホモフォニーは1つのメロディーに対してハーモニーを伴奏のようにともなわせています。
それに対して
(バッハ様の)ポリフォニーは、主となるモチーフ(のメロディー)が、
変化したり、発展したり、絡み合ったりしながら出てきて、美しいパズルのような音楽が作りあげられます。
で、以上ををわかりやすくいうとですね・・・・・
☆ワープ先はこちらです。
ホモフォニー=白雪姫(メロディー)と7人の小人(ハーモニーの伴奏)
ポリフォニー=ひみつのあっこちゃん(主役のメロディーがいろいろと変身しながら、次々に登場する)
これで、どうでしょう。ちょっと強引???いえいえ、こんなもんです。
2014年06月05日
モーツァルト様

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト様。
世界でもっとも人気の高い作曲家の一人であられます。
クラシック界で「神童」と言えば彼の事になります。
幼いころから、いかんなく才能を発揮しておられました。
父はレオポルト・モーツァルトで、宮廷作曲家であり、この「チチモー様」(牛じゃありません)
の作品も今にしっかり残っていています。
「おもちゃの行進曲」などが有名です。
キューピー3分クッキングの曲ではありませんので、お間違えのないように。
作曲家がW・モーツァルトなら息子,L・モーツァルトなら父です。
父は、ベートーヴェン様のお宅とは違い、息子の才能を見抜いて、健全に父親らしく音楽の教育を施しました。
モーツァルト様といえば、6歳ぐらいの時に、7歳ぐらいのマリーアントワネットに
「大人になったら結婚してあげる」と言ってのけたエピソードがそこそこ有名です。
子供のいきおいってってすごい。本気?それとも社交辞令??
さて、この「言ったもん勝ち!」みたいな
夢のような時間も過ぎて
青年時代にはいとこのお嬢さんに恋をされます。
彼女にあてたお手紙がのちに公開されていますが
この内容がですよ、、、私の口からはちょっと・・・(笑)
それに、ここに載せたら河浦ネットステーションから苦情の電話がかかってきそうなので、無理なんです。
神童様も、か~な~り、やんちゃな・・・一面があったようです。
気になる方は、自分で調べて下さい(^_^.)
また、時は過ぎ、いよいよコンスタンツェという女性と結婚します。
ご安心。彼女宛てのお手紙内容はだいぶ「大人」なものとなっているようです。
やっぱり、人間年を取ると落ちついてくる模様です。
みんな一緒!
「近頃の若いもんは!」のセリフもこれからは考えて使わなければなりません。
人生の半分ぐらいを演奏旅行に費やしていたモーツァルト様は、
自分が不在の時のコンスタンツの「浮気」を心配していたもようで、それがお手紙に垣間見えています。
な~んかこういうところも今っぽい。
当時に携帯電話が無くって本当に良かった(爆)
それにしても、プライベートの手紙の内容なんて、ぜったい極秘にしたいのに、
偉大なる作曲家ゆえに、暴露されて、大注目されて本当にお気の毒な話です。
ワイドショーです。プライバシーの侵害です。
では、楽譜のみならず、それらの個人情報はどうやって白日の下にさらされたか。
神童であったにも関わらず、裕福とは遠い状況の中で、モーツァルト様は35歳で逝ってしまわれます。
その後に、妻のコンスタンツェが彼の残した(知的)財産等を売ったそうな。
先の問題作「口にはばかられるやんちゃなお手紙」も、そうやって他人の手に渡った模様。
しかも、いくつかの曲に至っては、「あっちの人に1枚、こっちに2枚」と渡したらしく、
再び組み立てるのが大変だったそうです。
コンスタンツェ・・・・このっ、商売上手!!!!!・・・というべきなのでしょうか。
女はさすが。ちゃっかり、というか、したたか、というか。
さてさて、彼の代表作といえば、
「アイネクライネナハトムジーク」とか・・・・早口言葉で3回いえるかな?
「トルコ行進曲」とか、ありますど、
今だったら、
「ソナチネ1番ハ長調K・Ⅴ439b4楽章」かな、と私的には思います。
ココリコ黄金伝説で、節約料理が美味しかった時にながれる、平和な感じのピアノの曲です。
私事ですが、学生の時、先生に「あなたはモーツァルトよりベートーベンの方が向いてると思うわ」
とか言われて、あんまり弾かなかったんです。
でも、憧れていました。モーツァルト様の、あの、ポロポロポロポロ・・・・っていう平和的、かつ繊細なメロディーパッセージに。
モーツァルト様のお話はいろいろありすぎてとても書ききれませんので、
今日は、ちょっと変な角度から書いてみました。
読んでいただき、ありがとうございました

2014年05月18日
サティ様

本日5月17日(もう終わりそうですが)、
フランスの作曲家エリック・サティ様のお誕生日でありました。
フランス印象派の頃の作曲家だけあって、おしゃれで、雰囲気の漂う曲を後世に沢山残しています。
作曲家の中には、えらく個性的であったり、一癖あるお方も結構おられるのですが、
(お前にいわれたくない!と言われそうです)
その中にあっても、このサティ様は特に変人扱いされる事が多いようです。
なぜって、
彼の作った曲にはこんなものがあります。
「犬のためのぶよぶよした前奏曲」
「干からびた胎児」
「あらゆる意味にでっちあげられた数章」
・・・・・・・・・・
「ねぇ、何か悩んでるんだったら、私、話聞いてあげようか?」
と言いたくなる。
しかし、題名を良くも悪くも裏切って、「犬のための・・・」とか素敵な曲だと私は思います。
パリ音楽院に入学したものの、退屈してやめちゃいました。
さすが天才!・・・・・ではなく単に怠け者だったという話です。
鬼才・・・のほうが当てはまりそうです。
あの、ピカソとも交流があったらしい。
きっと同じ穴のムジナだったんでしょう。
きっと、時代が一緒ならばドクター中松さんもこの仲間に入れたと思われます。
有名曲としては
「ジムノペディ」や
「ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)」・・・・・・20代の頃に言われたらときめいたでしょうが、今言われたら完全に引くし。
「目的は何?????」な~んて。すみません、話広げすぎ(^_^.)
両曲とも、聴けばだれでも「あ~聴いた事あるかも・・・」と思うと思います。
紅茶、というより、コーヒーの方が合いそうです。多分。
でも、サティ様の曲で、忘れてならない曲がもう一つありまして、
曲名「ヴェクサシオン」・・・・・・・・・意味「いやがらせ」!!!!!
なんでこんなん作ったんだろ?
「あいつめ~こんちくしょ~のろってやる~~」とか、思いながら作ったのかどうかはわかりませんが、
1回演奏するのに1、2分。
この1回でも、テレビ見すぎて夜更かしした次の月曜日の朝に聞く朝礼の校長先生の話、という感じなのですが
なんと、これを840回繰り返せと、サティ様はおっしゃっているから、さあ大変。
たしかにこれは「嫌がらせ」です。
なんで830回ではだめなんだろ? なんで、きりのよい800回にしなかったんだろ・・・。
でも、それ以前に
「羊が一匹・・・・・2匹・・・・・あれ?今何匹目だっけ?????」
って、絶対なると思うんですけどね。
2014年05月13日
ベートーヴェン様

ベートーヴェン様です。
かなりモザイクがかっていますが、
さすがに、この絵は有名です。
本名を、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン様といいます。
クラシック界で「楽聖」といえば、この方のになります。
この世界も肩書つけるの好きですよね。
「〇〇の守護神」とか「〇〇のプリンス」とか「〇〇の異端児」とか
まるで、スポーツ界みたいですね。
生まれはドイツで、先日のヘンデル様と一緒でビールとソーセージの美味しいところです。
さて、2択ですが
①家族の反対を押し切って大成派
②もともと音楽家庭に育った派
とすれば、ベートヴェン様は②になります。
宮廷歌手の父と宮廷料理人の母の間に長男として生まれます。
しかし、ここで問題が。。。。
この父は、大酒のみのとんでもないアホタレだったそうです。、
息子の音楽の才能を見い出す確かな目だけは持っていたようで、
「愛する息子には自分以上の偉大な音楽家を目指してほしい」
・・・・・・・・・・・もとい
「どうにか育てて、金儲けをさせよう!」
とまぁ、ありえない理由から息子に音楽の英才教育を施すことになるのです。
しかも先生のつては、父親の酒飲み仲間だったといいます。
世界仰天ニュースみたいな話です。
当然のことながら、父親はアル中で亡くなります。
世の中の男性のみなさん、アル中はしんどいだけでなく(なった事ないのでわかりませんが)
かっこ悪いので、くれぐれも気を付けてください。
オーストリアのウィーンに音楽修行の旅に出て、モーツァルトを訪問し、
ハイドンに師事したりするのですが
20代のころから持病の難聴が悪化してやがてほとんど聴こえなくなります。
世間を騒がせたサムラコウチさんが「現代のベートーヴェン」と呼ばれていたのはここです。
風貌、ではないですよ。
でも、釈明会見の時にすっきりした髪型しておられましたから、少しは意識されていたのかもしれませんね。
やがて、聴こえなくなり、絶望のあまり遺書を書いて自殺しようと考えますが、音楽への情熱でその危機を乗り越えます。
遺書はまだ残っています。
オークションに出品されたらいったいいくらぐらいになるのでしょう。
代表作はありすぎます。
「だだだだ~~~~ん」でおなじみ、だれでも聴いた事がある「運命」
あとは、ドラマ「のだめカンタービレ」のテーマ曲とか
でも、「エリーゼの為に」ってピアノ曲、有名ですよね。
早いお子さんだと小3ぐらいで弾いたりします。
あのですね、ベートーヴェンさまの、生涯の中に「エリーゼ」という方は登場しない、と何かで読んだことがあります。
しかし「テレーゼ」という女性は居て、実際に「テレーゼ」と別名で呼ばれているソナタ(形式の曲)があります。
多分この女性の事だろうとのことです。
では、なぜ、「エリーゼ」となったのか?
それは、、、、、
ベートーベンはかなりの乱筆だったそうです。
それで、たぶん、最初に楽譜を見つけた人が
「う~~~む、これは多分エリーゼと書いてあるのだろう!そういう事にしてしまえ!」
と、なったんでしょうね。
ベートーヴェン様に限らず、音楽家は昔から愛する女性には曲を贈っていたようです。
詩をのっけなくてもいいんだから、私にも出来るかな。
・・・・・・でも、今の時代は、胃袋つかんだ方が確実ですね。
がんばれ。私

2014年05月11日
ヘンデル様

今日は「母の日」ですね。
クラシック界にも「母」と呼ばれている方がおられます。
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルさんです。
ドイツで生まれ、イタリアを経て、最終的にはロンドンに住み、
イギリスに帰化しています。
数多い作曲家の中には2通りあるような気がするのですが、
①家族(特に父)に音楽家になることを反対されるパターン
②はじめから音楽家庭に生まれるパターン。
ヘンデル様は①になります。
いつの時代の親も、出来ればせがれには安定した仕事についてほしい。
と思いますよね、当然。
きっと、今のお笑い芸人さんみたいに、当たれば大きいけど、当たらなければ・・・・
という類の職業なのだと思います。
宮廷に入って、王様に気に入られれば、一生安泰です。
たぶん、ヘンデル様は近いところまで行ったのだと思います。
また、頭もたいそう良かったそうで
英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語をあやつっていたらしいです。
どれだけのIQの持ち主なんでしょう。
それだけ頭良ければ、なんでもなれたでしょうね。
この時代の音楽は主にセレブ・・・・・失礼、
宮廷貴族の方々が支えておられました。
ですから音楽も優雅な、
「お紅茶と共に・・・・」みたいなものが多いです。
あと、神様にささげる宗教的なものが多く
リズムが・・・・というよりは、メロディーやハーモニーで聴かせる音楽、という色が圧倒的に強いです。
世間一般によく聴かれるのは
「ハ~レルヤ!」でおなじみの「メサイヤ」の中の「ハレルヤコーラス」や
「今年の優勝は・・・・・テケテケテケ・・・・・・赤組っ!」でおなじみの「見よ、勇者は帰る」あたりかと思います。
運動会が終わったから、かえってお風呂はいろ!という意味ではなさそうです。
ちなみに「音楽の父」もおられまして、バッハ様になります。
ヘンデル様とバッハ様、1685年生まれで実は同い年コンビです。
(どうでもいいですが、2月と3月で早生まれです)
誕生日も1か月と離れてないんですよ。奇跡的。
でも、生涯1度も会うことは無かったと記憶しています。
バッハさんは父の日になんか書くかもしれません。
しかし、その作風はまったく違います。
今日は母の日なので、バッハ様は次の機会にして・・・・
ヘンデル様の音楽はホモフォニー(メロディーは1つで、他の音はメロディーを支える役割)
というハーモニーで構成されています。
これは、「白雪姫と7人の小人」みたいな構成といっても過言ではありませんね。
たまにはこんな記事もいいかな~と、思い付きで書いてみました。
お付き合いいただき、ありがとうございました
